SAAT DESIGN INC.2023-03-08chronofileに「Ancient Futures」を追加しました。

HOME > chronofile > 2011 > 110513

LEAF 2011.5.13

001

写真001は、純錫製のベビースプーン「LEAF」です。純錫は金属ですが柔らかいため、手で自由にカタチを変えることができます。赤ちゃんの口に離乳食を運びやいカタチをお母さんたちに工夫してもらおうと考えデザインしました。

実はこのLEAF、もともとは養護老人ホームで暮らすお年寄りのための介護用スプーンとしてデザインはスタートしました。富山県高岡市の鋳物メーカー、能作さんからの依頼です。自由に手で曲げることができ、抗菌作用もある純錫を有効利用するために、介護用スプーンの開発を発案したのは社長の能作克治さん。写真002は、能作さんが介護用スプーンのデザインのたたき台として、既成のコーヒースプーンをベースに制作した介護用スプーンの原型です。ハンドル部を丸めると握りやすく、把持力が弱い人のためにハンドル部に指を入れても使えるように考えられていました。

002

003

004

LEAFのデザインは、金沢医科大学と石川県立看護大学の協力を得て、石川県内の特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、療養型医療施設にて試作品の試用を行いながらすすめました。
介護用スプーンは写真003のように様々なタイプのデザインがあります。どれも良く考えられていますが、調査を行った施設で実際に使われているスプーンは、写真004のようなごく普通のスプーンでした。お年寄りは見慣れないカタチのスプーンに抵抗を示す、大量生産されないスプーンはどうしても価格が高くなるといったことなどが、こういった施設で使われにくい理由のようでした。
自分自身が介護される身になったとして考えれば、お年寄りが特別なカタチをしたスプーンに抵抗を示すというのは理解できます。今まで出来たことが出来なくなるのは嫌なものです。プライドもあるでしょう。
介護を必要とするお年寄りだけでなく、誰でも使いやすい、使いたくなるスプーン。見た目は普通のスプーンだが、自分が使いやすいように変形させることができる。思い思いに変形させても美しさが保たれるデザイン。それがLEAFのデザインの目標でした。

005

LEAFは木の葉にヒントを得てデザインしています。木の葉は、一枚一枚異なるカタチをしていますが、どんなに変形していても、虫食いがあっても、枯れていても汚く見えません。それは原型となる葉のカタチや組成が、定常を維持するようプログラムされているのではなく、外圧に対してしなやかに応じるよう最初からプログラムされているためと考えています。つまり変形されることが前提のデザインです。これは、変形される、壊されることをネガティブに捉える通常のプロダクトデザインとは異なるアプローチです。スプーンに木の葉のようなプログラムを内在させれば、自由に変形されても美しさが保たれるに違いありません。

005

006

写真005、006は、介護用にデザインしたLEAFの試作の一部です。試作品は木の葉のように一枚のシートを曲げるだけで出来るフォルムになっています。そのデザインのポイントは、中華料理で使うレンゲのように、スプーンのマウス部、ネック部、ハンドル部にかけて溝になっていることです。そうすることで、スプーンをハンドル方向に傾けすぎても汁物がこぼれにくくなります。また、ハンドルの溝部分に指を添えて使うこともできます。それは自力ではスプーンを握れない人の口元に食べ物を運ぶ時に有効です。スプーン表面のテクスチャーのザラザラした仕上げも、食べ物がスプーンから滑りにくくする工夫ですですが、舌触りも良くなります。
写真007〜009は、実際にお年寄りの方々がLEAFを使っている様子です。お一人お一人スプーンの持ち方に合わせて、食べやすいように自由にスプーンの形を変えて使用していました。その形の変え方は、原型がわからないほど大胆でしたが、それまで使っていたスプーンに比べ持ちやすく、食べ物がスプーンからこぼれ落ちることも少なくなったようです。しかし問題は、スプーンの堅さと重さでした。力が強い人には柔らかすぎ、力が無い人には固すぎる。重さも1グラム違うだけで重いと感じる方もいて、介護用スプーンのデザインの難しさを実感しました。お年寄りのセンサーは繊細なのです。介護を必要とするお年寄り全てに満足してもらうためには、デザインを一種類に集約してはならないのかもしれません。

007

008

009

写真010は、試用して頂いたスプーンです。LEAFはどのように変形されても美しい、葉っぱの特性を応用しようとしたスプーンですが、果たしてこれらは葉っぱのように美しいのかどうか?
瑞々しい若い人たちの皮膚も美しいのですが、お年寄りのしわにも魅力を感じます。お年寄り一人ひとりの個性を反映してクシャクシャになったスプーンには、皮膚に刻まれた人生の深みを感じるしわのような魅力があるように思います。

010

ベビースプーンのLEAF(写真011)は、介護用をデザインしている時に、元スタッフの宮田泰地くんが発案したデザインです。介護用としてはハンドルが短すぎるために、把持力が弱っているお年寄りには持ちづらく、介護者がお年寄りの口元に食べ物を運ぶにも手が相手の口に近づき過ぎるため、施設では使ってもらえませんでした。

011

ところがベビースプーンなら、ハンドルが短いほうがお母さんが慎重に赤ちゃんの口元に離乳食を運ぶには最適ということに気付きました。抗菌作用があるという純錫を使っていることも、形が変えられることも、ベビースプーンとしては有効です。お年寄りのためのスプーンをデザインしていて赤ちゃんのためのスプーンが誕生したわけです。偶然とは言え、とても不思議な経験でした。

LEAFは木の葉からヒントを得てデザインしましたので、シンボルマークは「はっぱ」=「88」(駄洒落ですが数字の8はLEAFのカタチにも似ている)をモチーフにデザインしました。LEAFを入れる桐箱の上に銀で箔押ししています。
最近、ベビースプーンのLEAFを発案した元スタッフの宮田くんから、「LEAFを祖母の米寿祝いにプレゼントしました!」というメールをもらいました。米寿ですから88! LEAFのマークと同じです。なんて素敵な思いつきなんでしょう!彼の素晴らしい閃きのお陰でLEAFはベビースプーンではなく、当初のコンセプト通り、誰もが使えるスプーンになったように思います。宮田くんのお婆さまがLEAFでプリンやゼリーを召し上がってくださると嬉しいです。