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「WAー現代日本のデザインと調和の精神」展 2011.6.24〜7.30(武蔵野美術大学)

001(画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館)

6月24日(金)から7月30日(土)まで武蔵野美術大学 美術館展示室で「WA:現代日本のデザインと調和の精神」展が開催されます。当展覧会は、2008年秋のパリからスタートし、ブタペスト、エッセン、ワルシャワ、サンテチエンヌ、ソウルを巡回し、今回が帰国展となります。竹製のカトラリ、Taketleryは、展覧会後に武蔵野美術大学に寄贈します。

【WA:現代日本のデザインと調和の精神】
場 所:武蔵野美術大学 美術館展示室
期 間:6月24日(金)〜7月30日(土)
時 間:10:00ー18:00(土曜日17:00まで)
    ※7月18日(祝日)は特別開館(10:00ー17:00)
休館日:日曜日、祝日
入館料:無料
主 催:武蔵野美術大学 美術館・図書館
共 催:国際交流基金、武蔵野美術大学 造形研究センター

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teketlery

taketleryは、和洋折衷の現代の日本食を楽しむためにデザインしました。和風のパスタやカレーライスを漆や陶器の器に盛りつけて食べたい。その時に金属製のカトラリーは似合わないし、漆の器を傷つける可能性もある。竹は竹槍もあったくらい強い素材なので、カトラリーも作れるのではないかと思ったことがデザインのきっかけです。

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taketleryを制作して下さっていたのは、大分県の竹職人、甲斐治夫さん(003)です。
工業デザイナー、秋岡芳夫が作ったモノ・モノで、甲斐さんの作品(004)に出会いひと目惚れしました。「なんて優しくて美しいデザインなのだろう!」「ぜひこの人に作ってもらいたい!」モノ・モノの山口泰子さんに甲斐さんを紹介して頂き大分に飛びました。
甲斐さんは大正6年(1917年)生まれ。taketleryの制作をお願いした1998年12月には、81歳になられていました。
実は最初、モノ・モノで見た作品は若い職人さんが制作していると思っていました。その和菓子用のフォークがあまりにも若々しいデザインだったからです。モノ・モノの山口さんにも、年齢まで伺っていなかったので、最初に甲斐さんにお会いした時は、職人さんのお父様と思っていました。

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005〜007は、最初に描いたtaketleryのスケッチです。これらを持って甲斐さんを訪ねました。
箸、スプーン、フォーク、ナイフのハンドル部の断面が全て六角形になっているデザインです。竹の知識は全くありませんでしたが、竹の特徴は活かしたいと考えていました。3本の竹の枝を組み合わせればフォークになるというアイデアはその一つ。我ながら良いアイデアだと思っていました。
しかしこのスケッチを見た甲斐さんは、竹材で制作するには手間隙がかかり、現実的ではないとおっしゃり、工房奥から段ボール箱を取り出してきました。箱には大量の竹のカトラリーが。全て甲斐さんがデザインした物。写真がなく残念ですが、あらゆるデザインのスプーン、フォーク、ナイフが溢れていました。デザインも優れている。職人がハイクォーリティーなデザインをしていることに驚きました。
甲斐さんがデザインし制作した竹のカトラリーを前に、色々と竹の特徴や加工方法を伺いました。

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甲斐さんが主に使用している竹は、直径200mm以上もある太い孟宗竹(008)です。その竹を割り、型紙(009)をあて、バンドソー(010)で外形を切り(011)、数種類の小刀(012)で加工する。
と、簡単に書きましたが、竹は一本一本太さも違い、平らでもない不均一な素材です。それを加工するのが容易ではないことは想像がつきます。小刀を使って加工するのも、熟練の技で不均一な材料に合わせられるからだと思います。

工房で甲斐さんのお話しを伺いながら、その場でデザインを考え直しました。
taketleryは全て箸が基本になっています。箸の先端が変化して、スプーンやフォーク、ナイフになっている。ですから、ハンドル部は全て同じ形状をしています(013参照)。スプーンはモノ・モノの山口泰子さんの「韓国のスプーンは使いやすい」という話に影響を受けて、韓国のスプーンをベースにしました。フォークには、甲斐さんのアイコンを残したいと思い、甲斐さんがデザインした和菓子用のフォークにもある、丸い穴を加えました。

もう一つ地味な特徴もあります。それは箸も通常の箸より少し長く(240mm)したことです。
デンマーク人の友人、ニールス・ピーターフリント氏は、私が会った人の中で最もカトラリーの扱いが華麗で美しい。彼はナイフやフォークのハンドルの後端を軽く摘むように持ちます。ハンドルの大部分が見えている。それがとても美しいのです。箸もできるだけ後端を持つほうが美しく見えます。それから、ちょっとくだらないエピソードですが、私は中学生の頃の反抗期に、菜箸でご飯を食べていたことがあります。それは、家族皆で食事をする時に、皆でシェアしているおかずを、器を取ってくれとお願いせずに直箸で取れたから。なんとも変な反抗の思い出も含め、箸を長めにした理由です。

013

1998年12月22日、甲斐さんから最初の試作が送られてきました。東京に戻ってたった9日です。仕事は完璧!しかし唯一フォークのデザイン(013)がしっくりこなかった。

013

すぐに甲斐さんにお礼とコメントを出さねば失礼と思いつつ、何とコメントして良いかわからない。そこで、「フォークのデザインだけ、もう少し考えたいので時間をください」とご返事しました。時間稼ぎのつもりでした。ところが、手紙を出して数日後、甲斐さんがデザインしたフォーク3点の試作(014)が送られて来たのです!

014

3本のフォークの試作の送付状には、達筆で「先生のデザイン検討の資料の一つにでもなれば幸いです」と書かれていたのです!39歳の若造デザイナーが、82歳の超一流の竹職人に「先生」と呼ばれ、しかも若々しいデザインのフォークの試作まで送られてきたのです!本当にビビりましたが、3本の試作の内、一番上のデザインと、最初のフォークの試作をベースに改良すれば、良いデザインになると考えコメントしました。

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年明けすぐ、1999年1月6日に2本のフォークの試作が送られてきました。最初の試作との違いは、歯の長さ、歯と歯の空きです。フォークの歯は力がかかる部分ですので、見た目にも強度がありそうな幅と長さのバランスを考えました。この試作を見て、一旦は4本歯のデザインでOKを出したのです。
ところが3日悩んで、やはり最初は究極のスタンダードな形を出したいと思い直し、甲斐さんのアイコンと思って入れていたフォークの歯の付け根に開けた円形の穴を取る決断をしました(016)。

016

デザインで一番悩んだのはフォークでしたが、ナイフのハンドルのカーブを変えて使い勝手を試したり、お箸の先端を究極に細くしてみたりしながらデザインを詰めていきました。
とは言うものの、taketleryのデザインには、工業製品のような細かな寸法を記載した図面はありません。
当時甲斐さんに送った小さいタイプの箸、スプーン、フォーク、ナイフ(019)の制作依頼書には、「小学1、2年生が使えるサイズを考えています。大きさは甲斐さんにお任せします」なんて書かれています。taketleryのデザインには甲斐さんのセンスが多分に入っているのです。私が全てデザインしたとは言いがたい。そのようなことから、完成したtaketleryには、私と甲斐さんの刻印を入れたいとリクエストしたことがあります。そのリクエストに対して、「これは私のデザインではありません。自分のデザインに自信を持ってください」と叱られました。
甲斐さんからは他にも色々と教えられました。試作代を伺ったときです。試作代はいらないという返事に、若いデザイナーが自費で制作していることへの気遣いと思い、「お気遣いはいりませんのでご請求ください」とお話ししたところ、「気遣いではありません」「職人たるもの、依頼主がOKを出した時からが商売なのです」とおっしゃったのです。
品質の高さに比べ、制作費が安いと感じた時も、「最初に掛かった手間で価格を決めるのではない」「商品を制作する間に、いかに安く作る工夫をするかが職人です」と。

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019:当初子供用として考えていたスモールタイプ

taktleryは、1999年4月のイタリアのミラノサローネで発表しました。そこには、ヘッドが小さなタイプのtaketleryも展示しました。仮にオブジェタイプと呼んでいたこのカトラリーは、シャレでデザインしたものです。
taketleryは、和洋折衷の現代の日本の料理を楽しむためにデザインしました。和風にアレンジされた外国料理を和食器で頂くためです。しかしその時でさえ、箸だけで料理を楽しめる日本料理の考え方ほど素晴らしいものはないと思っていました。箸だけで料理を頂けるように、一口サイズで料理は作る。汁物はお椀を手で持つというマナーも箸だけで料理を頂くためです。資源の消費を最小限に抑えるだけでなく、スマートな考えだと思います。taketleryを欧米の人たちが使えば、箸の良さに気付くはず。そうすると将来、スプーンやフォーク、ナイフのヘッドは退化していくはずというシャレです。これを正直に言うと喧嘩になるので、ヘッドが小さなスプーンは「マドラー」、フォークは「ピクルスピッカー」、ナイフは「トゥースピック」と説明しましたが。

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ヘッドが小さなtaketleryを単なるシャレで終わらせるのはもったいないなぁと思ってナイフとフォークを箸として使ってみたのが変わり箸誕生のきっかけです。先端をロボットのツメのように合わせると、とても小さなモノまで摘みやすくなります。また、和洋折衷の料理で一口サイズに料理されていないハンバーグや魚などを頂く時、箸ではなく、ナイフとフォークとして使います。箸を両手で持つのはマナー違反ですが、ナイフとフォークならOKでしょ?というわけです。
甲斐さんもこの変わり箸には共感してくれました。そして、江戸時代には、色々な変わり箸があったようだということも教えてくださいました。
和洋折衷の料理を楽しむためにtaketleryをデザインしましたが、変わり箸は、「いやいや、そんなにたくさん道具をデザインしなくてもこれ一膳でOKです」と主張しているのです。ある意味矛盾です。しかし私にとっては、taketleryも変わり箸も食卓にはなくてはならない道具となっています。

2007年、甲斐さんが90歳になって竹職人を引退なさった時、taketleryの生産を終了しました。けれども、今でもまた生産して欲しいという方もいらしゃるので、いつの日かtaketleryを復活したいと思い続けています。