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もくもく絵本研究所_02 2012.11.02

11月2日に東京ミッドタウンで開催された「グッドデザイン・ベスト100デザイナーズプレゼンテーション」で、ベスト100に選ばれた『キツネとシシガシラ』(写真003)と『だれがどすた?』(写真004)を作ったもくもく絵本研究所が発表しました。
(関連記事:chronofile「もくもく絵本研究所_01」works_「もくもく絵本研究所」、chronofile「グッド・トイ])

プレゼンテーターはもくもく絵本研究所代表の前川敬子さん。コンピュータのスライドショーを使ったプレゼンテーションが多い中、松田希実さんがサポートして紙芝居形式で発表しました。以下にそのスクリプトを記します。(実際に発表した内容は、前川さんがスクリプトを見ないで発表していますので、実際に話した内容とは多少異なります)

001002003:キツネとシシガシラ004:だれがどすた?005006:『キツネとシシガシラ』のために描いた前川さんのイラスト007008

こんにちは。もくもく絵本研究所 代表の前川です。遠野物語で知られる、民話の里、岩手県遠野市から参りました。
この度グッドデザイン賞を受賞したのは2種類のキューブ型の木の絵本です。

☆ キツネとシシガシラ 商品を見せながら
これは「キツネとシシガシラ」という木の絵本です。2個で一セット。こんなふうに、手の中でころころ回しながら読みます。6ページずつ、12ページのお話です。遠野に語り継がれてきた遠野弁の昔話です。

☆ だれがどすた? 商品を見せながら
この絵本は「だれがどすた?」と言います。「どすた?」とは遠野弁で「どうした?」という意味です。4個で一組。「誰が」「どこで」「何を」「どうした」という4個のキューブを組み合わせてお話を作る絵本です。ひとつ6面ありますから、6の4乗で1296通りの文ができるわけです。
例えば、こんなふうに「おんなのこが」「やまで」「せんたくものを」「たべました」おかしな話になったりします。

さて私は、4人の子どもを育てながら小さなタクシー会社を営んできました。
遠野生まれ、遠野育ちのドライバーがご案内する『語り部タクシー』を売りにしています。
あるとき、療育士の助手として子どもと接している友人が子どもがさわって木を楽しめる「木の絵本を作ったらどうかな」と、いったんです。『木の絵本』と言う、その言葉を聞いた私も、心が弾みました。
この「木の絵本」というアイディアに集まってきたのが子育て中の二人のお母さんでした。

一人は、東京から遠野の自然が好きで移り住んで馬と暮らしていた、当時7歳の女の子の母親の徳吉さん。
もう一人は町中の老舗のお菓子屋さんの松田希実さん。そのとき5歳と2歳の元気な男の子のお母さんでした。
それから、やっぱり木のことが分かる人、ということで、豊田さんにお願いしました。
京都大学の大学院で「木質細胞構造機能」を研究した後、遠野に戻って製材所の経営をしている男性です。

「木の絵本」という思いを形にするために、県と市と商工会による「遠野地域ビジネス支援システム」から調査費、事業化への支援をいただくことになり、「もくもく絵本研究所」という組織でスタートしました。平成16年12月のことです。

「木の絵本」は、「子供との絆を深められる」「遠野の間伐材を有効活用できる」「遠野のお話文化を伝えて行ける」そして「副業としての経済効果もある」といい事づくめのような気がしました。
ところが、実際にデザインを始めてみると、板で絵本を作っても重いし上手く行かないことがわかってきました。
そこで、徳吉さんと親交のあったプロダクト・デザイナーの安次富隆さんご夫婦にアドバイスを求めました。

安次富さんは、『木は紙とは違って立体です。厚みもある。木ならではの木の絵本を考えてみてください。自分たちで絵を描いたり、木を切ったりして、自由にアイデアを出してください』という課題を出してきたのです。まるで冬休みの宿題を出された小学生のようなものです。でも、案外、始めてみると、いろんなアイディアが湧き出てきて、楽しくなってしまって、みんなで宿題を持ち寄ってみると、同じようなアイディアは一つもなく、どれもその人それぞれの独創的なワクワクするようなものでした。これには私たち自身驚きました。その中から一番目に商品化しようと試みたのが、無垢の木の6面体という形の木の絵本でした。

お話しを読んで聴かせる木の絵本「キツネとシシガシラ」は、私が好きな話で、いつも聴いている語りを思い出しながら書き起こしました。イラストも私が描いたものです。子育てのときに子どもたちに絵を描いてやったときのことを思い出しながら安次富さんの「お母さんが一生懸命描いたという事が伝わる絵を描いてください」という言葉に励まされ、一所懸命描きました。

お話を作る木の絵本「だれがどすた?」は豊田さんのアイディアです。絵も、豊田さんで子どもの頃にノートにいたずら描きしたときのこと思い出しながら描きました。
「だれがどすた?」は、英語、ハングル語、中国語、イタリア語、フランス語、ポルトガル語など、外国語版もあります。

材料となる木は、遠野の杉やヒノキの間伐材を利用しています。製材業を営む豊田さんが調達してくれて、木材加工のところまでは遠野木工団地の中のノッチアートに外注し、その会社の持っているレーザー加工機を借りて作業しています。文字と絵のレイアウトは徳吉さんがデータを作成しています。

パッケージは、紙を切るところから梱包までをみんなで手分けしながらも、主に松田さんが担当しています。販売、営業は私と松田さん、というの主な役どころですが、4人だけですので、あれこれ協力し合いながらやっています。みな、それぞれ別の仕事をしながら、その合間を縫っての活動です。

平成17年12月、もくもく研究所が立ち上がって2年目、合同会社という法人を創立、設備投資を最小限に抑えて、自分たちの暮らしにあった製造規模と生産体制を固め、遠野の人材、資源にこだわり、企画、製造、販売まで一貫して手がける新しい産業のスタイルを目指しています。

実際に商品を発売し始めた平成18年5月から、新聞記事やテレビなどで紹介されて興味を持った方々から、直接ご連絡をいただいてお渡ししたり、送ったりする販売スタイルから始まりましたので、お客様との対話を通じて、この木の絵本がどんなふうに受け入れられるのかを知ることができました。
お客様が『孫に木のぬくもりを伝えたかった。テレビゲームでは一緒に遊べないけど、楽しく遊ぶ事が出来ました。ありがとう』と、ほんとうにうれしそうにしてくださるので、それが次に進む力になりました。

遠野は盆地のせいでしょうか、まるでお盆のなかでコロコロ玉がころがるように、お話はあっちこっちにすぐに伝わります。
携帯やネットを見ないじっちゃん、ばっちゃんも、あっちこっちの話っこをあっと言う間に伝え聞いて知っているのには驚きます。虫や木や草が有機的につながっているように、遠野で暮らす人もタテに、横に、地下で、時空を超えて有機的につながっています。もくもく絵本の活動もそうありたいと思っています。

もくもく絵本は、遠野市の木でありますイチイの木のように、ゆっくりゆっくり、黙々と年輪を小さく刻みながら成長していくのだと思います。まだまだ、か細い幼木ですが、グッドデザイン賞という栄誉ある賞を受けたことを契機に、遠野の寒い寒い、風と雪が吹き荒れる冬の中でも大きく枝を伸ばし、葉を茂らせ力強く立ち続ける大木になれるよう、これからも真摯に取り組みたいと思っています。ありがとうございました。

最後に、遠野の昔話のお話のしめくくりの言葉で終わります。
「どんどはれ」

前川さんがプレゼンテーションの最後に「どんどはれ」と言ったとき、遠野のほっこりとしたイントネーションが会場を温かく包んだように感じました。何か空気が変わったのです。「言霊(ことだま)」というのはあるのだとその時に思いました。


        You Tubeに公開されている前川さんのプレゼテーション

グッドデザイン賞の審査はこれで終わったわけではなく、グッドデザイン・ベスト100の中から、金賞を含む特別賞を選ぶ審査があります。特別賞に選ばれるにこしたことはないのですが、それ以上に東京のど真ん中(ミッドタウン)で、たった5分という短い時間でしたが、都会とは全く異質な遠野の言霊が発せられたことがとても貴重だったように思います。

010:もくもく絵本研究所のみなさん(左から、前川敬子さん、松田希実さん、徳吉敏江さん)

グッドデザイン・ベスト100のプレゼンテーションを終えた後のもくもく絵本研究所のみなさんの笑顔を見て、「どんど晴れ」とはこういうことなのかナ?と一人で納得しました。デザインはこのような笑顔を作る仕事でありたいものです。